量子コンピューティングの最小単位:量子ビット (Qubit) の正体

量子コンピュータ

量子コンピューティングとは、私たちが知る「計算」の常識を根底から覆す次世代の技術です。
従来のコンピュータが情報を常に「0」か「1」のいずれかに確定した「ビット」で処理するのに対し、量子コンピューターは「量子ビット (Qubit)」を使用します。
(※ 以降、本記事では「量子ビット (Qubit)」を「キュービット」と呼びます。)

重ね合わせ (Superposition)」や「量子もつれ (Entanglement)」といった量子力学特有の現象を利用することで、従来のコンピュータでは解決が困難な特定の複雑な問題を、はるかに高速に処理できる可能性を秘めています。

第1章:古典ビットの限界

ビットの性質

従来のコンピュータの最小単位である「ビット」は、前述のとおり「0」か「1」かのいずれかの状態を持ちます。

これはまるで部屋の照明スイッチのようなものです。
スイッチは必ず「オン(1)」か「オフ(0)」のいずれか一方に固定されます。
「部屋の照明が点いているとも、点いていないとも言える」そんな状態は私たちの日常の常識ではあり得ませんよね。

現在私たちが使っているコンピュータは、このスイッチが並んだものを一つ一つ確認していくことで計算を行っています。

ビットによる計算方法の限界

非常に複雑な問題、たとえば「何億通りもある鍵の組み合わせの中から正解を探す」という場合、従来のコンピュータでのビットによる計算ではすべての鍵を一つずつ順番に試していくしかありません。

この試行回数が天文学的な数になると、世界最速のスーパーコンピュータをもってしても、何年、何十年、ときには何百年もの時間がかかってしまう場合もあるのです。

第2章:キュービットの正体

「正体」の核心:重ね合わせ(Superposition)

おさらいすると、私たちが普段使っている普通のコンピュータは「ビット」という情報単位で動いています。
1ビットは、常に「0」か「1」のどちらか一方の状態しか持つことができません。

それに対し、量子コンピューターの情報単位は「量子ビット」 (Qubit) です。
1キュービットは、観測される前まで、「0」と「1」の両方の状態を同時に持っています。
この状態を「重ね合わせ」 (Superposition) と呼びます。

具体的にイメージできるよう喩えるなら、古典ビットがコインの裏か表か(どちらか一つに決まっている状態)であるのに対し、キュービットは空中で回転しているコインのようなものです。
投げ上げられたコインが空中で回転している間は、裏と表の可能性を同時に含んでいます
裏の確率は30%、表の確率は70%といった具合に、それぞれの状態をある「確率の振幅しんぷく」で持っています。
しかし、あなたがその回転しているコインを手のひらで受け止めて確認した瞬間、結果は必ず「裏」か「表」のどちらか一つに確定します。

【消費電力削減の効果】

従来のコンピューターは0か1しか表せないため、膨大な計算を繰り返した末に正解にたどり着きますが、量子コンピュータは1回の計算で済みます。
つまり、消費電力が少なくなるというエコロジー的な側面から見た更なる利点もあるわけです。

今後、AIの利用増加による消費電力の激増が予想される未来に大きなメリットをもたらすでしょう。

重ね合わせ (Superposition) の驚異的な性質

この「同時に複数の状態を持つ」性質のおかげで、量子コンピューターは驚異的な計算能力を発揮します。

例えば、たった2キュービットあれば、22 = 4つの状態 (00, 01, 10, 11) を同時に表現できます。
2ビットでは、同じように4つの状態 (00, 01, 10, 11) を持つものの、それらは1度に1パターンしか表現することはできず、同時に持つことはできません。

もし300キュービットあれば、2300という天文学的な数の状態を一瞬で扱えることになり、これが従来のスーパーコンピュータでさえ不可能だった複雑な問題を解く鍵となるのです。

「重ね合わせ」(Superposition) とは、キュービットが観測されるまで、0と1のすべての可能性を確率的に同時に持っている状態のことです。

この性質によって、量子コンピューターは複数の計算を並行して行うことができるのです。

第3章:量子の力は何を可能にするか

もう一つの魔法、「量子もつれ」 (Entanglement)

量子コンピュータには、「重ね合わせ」で生まれた計算パワーをさらに加速させる、「量子もつれ」(Entanglement) というもう一つの極めて重要で不思議な現象があります。

本記事では、「量子もつれ」の基礎的な内容の紹介のみに留め、詳細な説明は以降の記事で深掘りします。

量子もつれ」とは、2つ以上のキュービットが、距離に関係なく、まるで一つのペアのように強く結びついた状態のことです。

この状態にあるペアでは、一方の量子の状態(例:アップかダウンか/オンかオフか)が測定で決定された瞬間、他方の量子の状態も瞬時に決定されます

「量子もつれ」を理解する上で重要ポイントは次の3項目です。

  1. 相関性 (連動)
    • ペアとしてもつれた状態の2つのキュービット(AとB)があるとします。Aの状態を測定して「アップ」だとわかった瞬間、たとえBが地球の裏側、それどころか宇宙の反対側にあったとしても、Bの状態は瞬時に「ダウン」であることがわかります。
  2. 情報伝達ではない
    • この現象は、光速を超えて情報が伝達されているわけではありません。「量子もつれ」は、測定する前から相関が「共有されていた」状態であり、測定行為がその共有されていた状態を確定させるだけだと解釈されています。
  3. 量子コンピューティングでの役割
    • 「量子もつれ」は、量子コンピュータの並列計算能力の源泉の一つです。もつれた状態のキュービットは、古典的なコンピュータでは不可能な複雑な計算を、連携して同時に処理することを可能にします。

この「瞬時の連動」という量子もつれ」の奇妙な性質は、かのアインシュタインが『幽霊のような遠隔作用 (Spooky Action at a Distance)』と呼んだ現象として有名になりました (※1)。

※1:アルベルト・アインシュタインが、量子力学の不完全性を主張するためにボリス・ポドルスキー、ネイサン・ローゼンと共同で発表した1935年の論文「Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality Be Considered Complete?」(通称:EPR論文)に関連して使った言葉として知られています。

応用が期待される4つの主要分野

この「重ね合わせ」と「量子もつれ」という2つの驚異的かつ指数関数的な力が、現実の課題をどう解決するか、具体的に見ていきましょう。

  • 新薬開発
    • 何億もの分子の組み合わせを一瞬でシミュレーションできるようになります。
  • AI (人工知能)
    • 従来とは異なる新しいタイプの機械学習を可能にするでしょう。
  • 金融・物流
    • 複雑な最適化問題を解決し、ポートフォリオやサプライチェーンを最適化できます。
  • 暗号
    • 現在の公開鍵暗号をいとも簡単に破る可能性があります。

最後に

これで、量子コンピューティングの心臓部である「量子ビット(Qubit)の正体」、そしてその驚異的な応用可能性をご理解いただけたかと思います。

しかし、この夢の計算機は、どのようにして「現実の機械」になるのでしょうか?

次回は、この「重ね合わせ」や「量子もつれ」を実現するための技術、すなわち「量子コンピュータ・ハードウェア技術の流派」を巡る、世界の開発競争の最前線に迫ります。

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