量子力学入門①:量子論の幕開けとプランク定数 h

量子力学

「量子力学」という言葉を聞くと、多くの人が「難解」「抽象的」「天才の領域」といったイメージを抱き、大きな不安を感じるかもしれません。

しかし、過度な心配は無用なんです。

実は、量子力学の核心を理解するために必要な数学(三角関数、複素数、オイラーの公式など)は、高校で学ぶ内容の延長線上にあり、決して複雑怪奇なものでも理解不能なものでもありません。

量子力学は、粒子の動きをとして記述します。
仮に以下の数学的知識に不安があっても、まずは読み進めてみてください。

  • 波の動き: \(\mathbf{\sin}\) や \(\mathbf{\cos}\) で表現される振動や周期性。
  • 波の回転: 複素数とオイラーの公式 \(\mathbf{e^{i\theta}}\) で表現される位相の変化

量子力学の入門シリーズを進めていくにつれて、数学的な内容で躓いてしまうことがあれば、別シリーズ『大人の学び直し数学』で、三角関数やオイラーの公式を基礎から学んでみることをお勧めします。

本記事では、この量子力学の基礎的な概念を、「なぜ古典物理学では説明できなかったのか?」という歴史的視点から紐解いていきます。
あなたが今から学ぶのは、アインシュタインやプランクといった歴史上の天才たちが、どのような疑問に直面し、いかにして「量子」という答えに辿り着いたかの物語です。

さあ、不安を拭い捨て、20世紀最大の科学革命の扉をともに開きましょう。

第1章:古典物理学を悩ませた「二つの雲」

① 古典物理学の完成と限界

古典物理学とは、17世紀のニュートンによって基礎が築かれ、19世紀末にマクスウェルの電磁気学によって完成の域に達した物理学体系のことを指します。

この体系は、私たちが日常で経験する現象(物体の運動、熱、音、光など)を正確に記述・予測することができ、「世界はすべて解明された」と信じられていました。

しかし、19世紀末、有名な物理学者ケルビン卿は、物理学が直面している未解決の問題を『地平線上に浮かぶ「二つの雲」』(原文:two clouds on the horizon)と表現しました。
彼は、未解決の問題を、古典物理学の完璧な青空に浮かぶ小さな二つの不吉な雲になぞらえたのです。

ただ、この表現を見て私が感じたのは、後に歴史も証明することとなった両面性でした。
地平線上に浮かぶ雲は、古典物理学にとっては終焉を告げる「夕暮れの地平線上に浮かんだ雲」ととれるでしょう。
しかし逆に、量子力学と相対性理論にとっては、一日の始まりを告げる「夜明けの地平線上に浮かんだ雲」ととれます。

この二つの雲の存在が、後に量子力学と相対性理論という20世紀の科学革命を引き起こす、決定的なきっかけとなりました。

② 第一の雲:黒体放射(Black-body Radiation)

②-1. 黒体放射とは

すべての物体は、その温度に応じて光(電磁波)を放出しています。
この熱による光の放出を熱放射といいます。

黒体こくたいとは、外部から入射する光をすべて吸収し、その代わり、完全に自身の温度のみに依存して光を放出するという理想的な物体です。

「黒体放射」とは、この黒体が放出する光のエネルギー分布(色や明るさ)が、温度によってどう変化するか、という現象を指します。

②-2. 古典物理学の予測と「紫外破局」

古典物理学の理論(レイリー・ジーンズの法則)は、この黒体放射の分布を予測しようとしましたが、致命的な矛盾を生じました。

  • 古典論の予測: 古典物理学の理論では、光の波長が短くなる(紫外線やX線などの高周波になる)ほど、エネルギーが無限大に発散するという予測を出しました。
  • 実験の結果: 実際に測定すると、放出される光のエネルギーは、ある波長でピークを迎え、波長が短くなると急激に減少しました。

この、「紫外線側でエネルギーが無限大になる」という古典物理学の理論的な破綻を指して、紫外破局しがいはきょく(Ultraviolet Catastrophe)と呼びます。
古典物理学は、この問題を解決できなかったということです。

③ 第二の雲:光電効果(Photoelectric Effect)

③-1. 光電効果とは

金属に光を当てると、その光のエネルギーによって金属表面から電子が飛び出す現象を光電効果といいます。

これは、光がエネルギーを持っていること自体は示すものの、その振る舞いが古典的な「波」の理論とは決定的に矛盾していました。

③-2. 古典物理学の予測との矛盾

光がであるという古典的な電磁気学の考え方に基づくと、次に挙げる2つの予測が成り立ちます。

  • 古典論の予測 1: 光が強ければ電子は飛び出す。
  • 古典論の予測 2: 電子は時間をかけてエネルギーを蓄積する。

しかし、実際の実験結果は、上記2つの予測をことごとく否定する事実を見せつけました。

  • 実験の結果 1: 光がどんなに強くても、一定以上の「振動数(色)」でないと電子は飛び出さなかった。
    • 👉矛盾ポイント: 重要なのは強さ(振幅しんぷく ではなく振動数(色)だった。
  • 実験の結果 2: 電子は光が当たると「ほぼ瞬時」に飛び出した。
    • 👉矛盾ポイント: 波としてエネルギーを蓄積する時間が必要という予測に対し、即時的に電子が放出されたこと。

特に重要なのは、予測1の矛盾です。
古典的な波の理論では、光の強さ(振幅しんぷく)が大きければ、エネルギーは大きくなるため、電子は飛び出すはずです。
しかし実際には、光の色(振動数)が変わらない限り、光をいくら強くしても電子は放出されませんでした。

この光電効果の実験結果は、光が単なるであるという古典的な常識を完全にくつがえす、第二の「雲」となりました。

第2章:黒体放射:エネルギーの「量子化」

① プランクの「苦肉の策」:量子仮説

黒体放射の問題(紫外破局)は、古典物理学の理論が「光のエネルギーは、振動数に関係なく連続的である」と仮定したことに原因がありました。

そこに、ある物理学者が登場することで転機が訪れます。
1900年、ドイツの物理学者マックス・プランクは、この矛盾を解決するため、ある大胆な仮説を提唱しました。

プランクの量子仮説

プランクは、黒体から放出される光のエネルギーが連続的ではないと仮定しました。

エネルギーは、ある最小単位の「かたまり」となって放出される。
この最小単位を量子(クオンタム / Quantum)と呼ぶ。

この仮説に基づけば、光のエネルギー \(E\) は、光の振動数 \(\nu\) とプランク定数 \(h\) の積である最小エネルギー単位 \(\mathbf{h \nu}\)自然数 \(\mathbf{n}\) 倍としてしか存在できません。

数式で表すと次のようになります。

\(\mathbf{E = n h \nu} \quad (n = 1, 2, 3, \ldots)\)

数式内に登場するそれぞれの項の意味は次の通りです。

  • \(\mathbf{E}\) 光のエネルギー
  • \(\mathbf{\nu}\): 光の振動数(波の色に対応)
    • \(\mathbf{\nu = \frac{c}{\lambda}}\)
    • \(c\): 光の速度(定数)
    • \(\lambda\): 光の波長(定数/光の種類によって判別される)
  • \(\mathbf{h}\): プランク定数(Planck Constant)
  • \(\mathbf{n}\): 自然数(量子数)

プランク定数 \(\mathbf{h}\) については、次のセクション②で詳しく説明します。

量子化(Quantization)の概念

この「エネルギーが \(h\nu\) の整数倍としてしか存在しない」という考え方は、エネルギーが階段のように飛び飛びの値しかとれないことを意味します。
これがエネルギーの量子化(Quantization)です。

プランク自身は、この仮説を「計算上の単なる数学的な手段」だと考えており、エネルギーが本当に飛び飛びだとは信じていませんでした。
しかし、この仮説を導入したところ、古典論を打ち破った紫外破局がピタリと解決し、黒体放射の実験結果を完全に説明できたのです。

② プランク定数 \(\mathbf{h}\) と量子数の意味

プランクの量子仮説 \(\mathbf{E = n h \nu}\) に登場するプランク定数 \(h\) と、量子数 \(n\) は、量子力学の世界を決定づける重要な要素です。

プランク定数 \(h\) は、エネルギーの最小単位の大きさを決める自然界の基礎的な定数で、数式では次のように表されます。

\(\mathbf{h \approx 6.626 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}}\)

💡 Note:

記号 \(\mathbf{\approx}\) は「ニアリーイコール」と読み、「ほぼ等しい」あるいは「近似的に等しい」という意味です。
この式は、プランク定数 \(\mathbf{h}\) が、約 6.626かける10のマイナス34乗 \(\mathbf{\text{J}\cdot\text{s}}\)(ジュール秒)という極めて小さな値を持つことを示しています。

  • 単位 J(ジュール): \(\mathbf{J}\) はエネルギーの単位です。約 100 グラムの物体を 1 メートル持ち上げるのに必要なエネルギーが \(\mathbf{1 J}\) に相当します。
  • 単位 \(J \cdot s\)(ジュール・秒)の意味: この単位は作用量(Action)と呼ばれ、「エネルギー \(\times\) 時間」を表します。プランク定数 \(h\) は、この作用量の最小単位の大きさを示しています。
  • 極めて小さい値: \(h\) の値が \(\mathbf{10^{-34}}\) という極めて小さい値であるため、日常的なスケールではエネルギーの飛び飛びの差を感知できず連続的であるように錯覚してしまいます。

②-2. 量子数 \(\mathbf{n}\) と紫外破局の解決

量子数 \(\mathbf{n}\) が \(\mathbf{1, 2, 3, \ldots}\) という自然数(整数)しかとれないことが、黒体放射の紫外破局を解決しました。

古典物理学では、どんなに小さなエネルギーでも放出可能だと考えられていましたが、プランクの量子化では「エネルギーは \(h\nu\) の塊(かたまり)でしか放出できない」という制約が加わります。

  • 高周波 \(\mathbf{\nu}\) の光: 波長が短い(紫外線に近い)光は、振動数 \(\nu\) が大きいです。
  • 最小エネルギーの増大: そのため、最小単位のエネルギー塊 \(\mathbf{h\nu}\) も大きくなります。
  • 無限大の回避: 温度が低い物体は、この大きな \(h\nu\) の塊を放出するだけのエネルギーを持てません。その結果、高周波の光の放出は抑えられ、古典論が予測したエネルギーの無限大(紫外破局)は回避されました。

第3章:光電効果:光の「粒子性」

① アインシュタインの登場:光量子仮説

第1章で確認した通り、電子の放出が光の強さではなく振動数(色)に依存するという光電効果の実験結果は、光を波として扱う古典物理学では説明が不可能でした。

1905年、当時まだ無名だったアルベルト・アインシュタインは、プランクの量子仮説 (\(\mathbf{E = h \nu}\)) をさらに推し進め、この光電効果の問題を完全に解決しました。

アインシュタインの光量子仮説

アインシュタインは、プランクが「計算上のトリック」と考えていたエネルギーの不連続性を、物理的な実体として捉え直しました。

光は、連続的な波ではなく、エネルギーの塊(量子)の粒子の流れである。
この光の粒子を光量子(フォトン/Photon)と呼ぶ。

この仮説に基づけば、光の粒子一つが持つエネルギー \(E\) は、プランクの式そのものです。

\(\mathbf{E = h \nu}\)

  • \(\mathbf{E}\): 光子 1 個が持つエネルギー
  • \(\mathbf{h}\): プランク定数
  • \(\mathbf{\nu}\): 光の振動数

消えた \(n\) の謎

プランクの式 (\(\mathbf{E = n h \nu}\)) は、黒体がエネルギーをやり取りする「総量」のルールでした。そのため、量子数を表す自然数 \(n\) を掛けています。

それに対し、アインシュタインは「光子一つ」という最小単位に注目したため、量子数 \(n\) は \(\mathbf{1}\) と見なされ、省略されているというわけです。

② 光量子仮説による光電効果の解決

アインシュタインの「光=粒子(光子)」という考え方(光量子仮説)を導入すると、古典的な「光=波」の理論では説明できなかった光電効果の矛盾点がすべて解消します。

  1. 衝突: 光子 1 個が、金属中の電子 1 個にエネルギー \(\mathbf{E = h \nu}\) を丸ごと受け渡します。
  2. 仕事関数: 電子が金属から放出されるためには、金属の結びつきに打ち勝つための最小エネルギー \(\mathbf{W}\) が必要です。この \(\mathbf{W}\) は、量子力学では「仕事関数」 (Work function) と呼ばれます。
  3. 解決: 光子の持つエネルギー \(\mathbf{h \nu}\) が、この仕事関数 \(\mathbf{W}\) を超えていなければ、どれだけ光の数(強さ)を増やしたとしても電子は放出されません。振動数 \(\mathbf{\nu}\) こそが、エネルギー \(\mathbf{E}\) を決める唯一の要素だったのです。

②-2. 電子が「即時的」に放出される理由

古典論の「エネルギー蓄積」という予測の矛盾も解消されます。

  • 古典論の誤り: 光が波だと仮定すると、エネルギーは表面全体に広がり、電子がそれを時間をかけて少しずつ蓄積する必要がありました。
  • 解決: 光は波のように広がるのではなく、光子(粒子)が電子に瞬時に衝突し、エネルギーを一括で渡します。そのため、電子はエネルギーを蓄積する時間が不要となり、瞬時に飛び出す(放出される)ことが可能となります。

③ 量子力学の確立へ

プランクが黒体放射の解決のために導入した「エネルギーの量子化」(数学的な仮定)を、アインシュタインが「光の粒子性(光量子)」という物理的な実体として捉え直したことで、量子論は確固たる地位を確立しました。

光の二重性(Wave-Particle Duality)

この一連の発見により、光の性質に関する古典的な常識は根本から覆されました。

  1. 古典物理学の限界:
    • 干渉回折といった現象(19世紀に確立)は、光がであると仮定しなければ説明できませんでした。
    • 光電効果の実験は、光が粒子(光子)として振る舞わなければ説明が不可能でした。
  2. 量子論による統一:
    • 量子論は、光が「波」か「粒子」のどちらか一方である必要はないと結論づけました。
    • 実験によって、光は波の側面(波動性)を見せたり、粒子の側面(粒子性)を見せたりする、つまり「二重の性質波動と粒子の二重性)を持つ」ことが判明したのです。

まとめ

① 二つの雲と量子論の二つの柱

本記事では、19世紀末の古典物理学が直面した二つの大きな矛盾(二つの雲)から、いかにして量子力学という新しい物理学が誕生したかを解説しました。

量子力学は、次の二つの現象と、それに対する二つの革命的な解決策によって基礎が築かれました。

古典物理学の限界
(二つの雲)
解決策
(量子論の柱)
提唱者
第一の雲:黒体放射(紫外破局)エネルギーの量子化
(\(\mathbf{E = n h \nu}\))
マックス・プランク (1900年)
第二の雲:光電効果光の粒子性(光量子)
(\(\mathbf{E = h \nu}\))
アルベルト・アインシュタイン (1905年)

プランクが「エネルギーの不連続性」という概念を導入し、アインシュタインがそれを「光の粒子」という実体として確立したことで、従来の常識は完全に覆されました。

② 古典物理学と量子力学の決定的な違い

プランク定数 \(h\) が極めて小さいため、日常的なマクロスケールでは量子力学の効果は意識されません。
しかし、原子や素粒子のミクロな世界では、この「量子化」と「確率」の法則が支配しています。

古典物理学が支配する「私たちの日常世界」と、量子力学が支配する「ミクロな世界」は、以下の点で根本的に異なります。

観点古典物理学の世界量子力学の世界
エネルギー連続的に変化する
(例えるなら坂道)
不連続的に変化する
(例えるなら階段)
光の性質波と粒子のどちらか一方波と粒子の二重の性質を持つ
決定論原因がわかれば結果は完全に予測できる(決定論)確率的にしか現象を記述できない(非決定論)

③ 量子力学がもたらした世界

プランクとアインシュタインが導いた量子論は、その後、ニールス・ボーアヴェルナー・ハイゼンベルクエルヴィン・シュレーディンガーといった天才たちによって発展し、現在の原子、分子、物質の構造を理解するための土台となりました。

そして、この科学革命は、単なる理論上の進歩に留まりませんでした。

私たちが現在利用しているレーザートランジスタ半導体(コンピューター)太陽電池MRIなどの技術は、すべてこの量子力学の法則を応用して成り立っています。

物理学によって「すべての現象は解明された」と信じられていた世界を、「人間が考えていたよりも遥かに奇妙で奥深い」という地点に導いたのが量子力学であり、それは人類史上最も重要な科学革命の一つと言えるでしょう。

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