これまでの【集合論入門】シリーズでは、集合の基礎から、和集合・共通部分といった基本的な演算までを学んできました。
これらは、いわば数学の「素材」を知る工程でした。
【集合論応用】シリーズでは、それらの素材を使って、数学における最も重要な概念の一つである「関数」を組み立てていきます。
「関数」と言えば、中学・高校を通して \(y = f(x)\) という形式に慣れ親しんできたかと思いますが、集合論は「関数とは何なのか?」という問いに対し、シンプル且つ厳密な答えを用意しています。
その鍵を握るのが、集合同士を掛け合わせることで生まれる「直積集合(デカルト積)」、そしてそこから定義される「写像」という考え方です。
この記事では、まず「直積集合」という新しい演算を学び、私たちが知っている「関数」が、集合論の言葉でどのように定義し直されるのかを解き明かしていきます。
このステップを越えることで、数学のあらゆる分野に通底する「構造」が見えてくるはずです。
第1章:直積集合(デカルト積) — 新たな次元を作る
これまでの和集合や共通部分の演算は、同じ一つの世界(全体集合 \(U\))の中にある要素をどう組み合わせるかという話でした。
これに対し、直積集合(デカルト積)は、異なる集合同士を組み合わせて「ペア」を作ることで、新しい次元の集合を作り出す操作です。
1.1. 順序対:並び順が意味を持つペア
直積を理解する上で欠かせないのが、順序対(ordered pair)という概念です。
集合 \(\{a, b\}\) では要素の順番は関係ありませんでしたが、順序対 \((a, b)\) は「1番目が \(a\)、2番目が \(b\)」という順番の情報を持っています。
集合の要素を中カッコ \(\{ \}\) で囲むのに対し、順序対は丸カッコ \(( )\) でまとめるのがルールです。
- 集合の場合: \(\{1, 2\} = \{2, 1\}\) 👈同じもの
- 順序対の場合: \((1, 2) \neq (2, 1)\) 👈別もの
この「並び順」があるおかげで、平面上の「座標」などを表現できるようになります。
1.2. 直積集合の定義
直積集合とは、二つの集合 \(A\) と \(B\) から、それぞれ要素を取り出して作れるすべての順序対の集合のことです。
数式では \(A \times B\)(A かける B)と書きます。
定義:直積集合
\(A \times B = \{ (a, b) \mid a \in A \text{ かつ } b \in B \}\)
例えば、トランプのカードを想像してみてください。
- 集合 \(A = \{\text{ハート, ダイヤ, スペード, クローバー}\}\)
- 集合 \(B = \{1, 2, \dots, 13\}\)
このとき、直積 $A \times B$ は「すべてのマークと数字の組み合わせ」、つまり \(4 \times 13 =\) 52 枚のカード全体の集合を表すことになります。
1.3. 「デカルト積」の名前の由来
この操作が「デカルト積」と呼ばれるのは、哲学者・数学者のルネ・デカルトが考案した座標平面の考え方そのものだからです。
私たちが数学で使う \(xy\) 平面上の点 \((x, y)\) は、実数全体の集合 \(\mathbb{R}\) と \(\mathbb{R}\) の直積、すなわち \(\mathbb{R} \times \mathbb{R}\)(または \(\mathbb{R}^2\))の要素に他なりません。直積集合によって、数学は「点」という概念を集合論の中に組み込むことに成功したのです。
第2章:写像の定義 — 「関係」から「関数」へ
数学における「関数」を集合論で定義しようとすると、まず「関係(Relation)」という広い概念が登場します。
写像とは、その「関係」の中でも、特定の厳しいルールをクリアした特別なもののことです。
2.1. 「関係」とは直積集合の部分集合である
直積集合 \(A \times B\) は、あらゆる順序対 \((a, b)\) を集めたものでした。
ここからいくつかのペアを自由に選び出したもの(つまり部分集合)を、数学では「関係」と呼びます。
例えば、 \(A = \{1, 2\}\), \(B = \{x, y\}\) とすると、直積集合は \(\{(1, x), (1, y), (2, x), (2, y)\}\) ですね。
この中から \(\{(1, x), (2, y)\}\) だけを選べば、それが一つの「関係」になります。
2.2. 写像の定義:二つの厳しいルール
「関係」は自由すぎて、一つの \(a\) に対して複数の \(b\) が対応していても構いませんし、逆に、一つの \(a\) に対して、\(b\) が一つも対応していなくても「関係」であると言えます。
しかし、「関数」と呼ぶことができる「関係」は、以下の写像の定義を満たす必要があります。
定義:写像 (Mapping) 集合 \(A\) から 集合 \(B\) への写像 \(f\) とは、以下のルールを満たす関係のことである。
- 全域性: \(A\) のすべての要素に対し、対応する \(B\) の要素が少なくとも一つ存在する。
- 一意性: \(A\) の一つの要素に対し、対応する \(B\) の要素はただ一つである。
この「ただ一つに決まる」という性質こそが、プログラミングや物理計算で「入力を決めれば出力が一つに定まる」という関数の信頼性を支えています。
2.3. 写像の表記と用語
集合 \(A\) から \(B\) への写像 \(f\) を、数学では次のように表記します。
\(f: A \to B\)
このとき、それぞれの集合には特別な呼び名があります。
- 定義域 (Domain): 出発点となる集合 \(A\)。
- 終域 (Codomain): 到着点となる集合 \(B\)。
- 値域 (Range / Image): 実際に \(f\) によって対応づけられた \(B\) の要素たちの集合。
第3章:多変数や複数のステップをどう扱うか
写像の基本的な定義が「2つの集合間の対応」であるなら、現実にあるもっと複雑なケースはどう扱えばよいのでしょうか。
集合論は、この問題を次の2つのパターンに分類し、鮮やかに解決します。
- パターンA:多変数関数(入力をまとめる形式)
- 「2つの数 \(x, y\) を入力して、1つの数 \(z\) を出す」という関数(例えば \(z = x + y\))の場合です。
- パターンB:合成写像の(リレー形式)
- 集合 \(A \to B \to C\) と順番に対応させるパターンです。
それぞれの解決方法を具体例とともに見ていきましょう。
3.1. 入力が複数ある場合(多変数関数)
例えば、\(z = x + y\) のように「2つの数値から1つの数値を導く関数」を考えます。
このとき、入力は \(x \in A\) と \(y \in B\) の2つですが、写像の定義(1つの入力集合から1つの出力集合への対応)に合わせるため、次のように考えます。
まず、2つの集合の直積をとって、1つの大きな集合 \(A \times B\) を作ります。このとき、写像 \(f\) は次のように定義されます。
\(f: (A \times B) \to C\)
このように書くことで、「\((A \times B)\) という『1つの集合』」から「\(C\) という『1つの集合』」への写像となり、写像の基本定義 \(f: (\text{入力集合}) \to (\text{出力集合})\) の形に完全に従うことができます。
3.2. 工程が複数ある場合(合成写像)
「ある処理をした後に、別の処理をする」というリレー形式の対応はどうでしょうか。
- 集合 \(A\) の要素を \(f\) というルールで 集合 \(B\) へ送る
- その結果を \(g\) というルールで 集合 \(C\) へ送る
この「リレー」の様子を、集合と矢印で書くと次のようになります。
\(A \stackrel{f}{\longrightarrow} B \stackrel{g}{\longrightarrow} C\)
この一連のステップを、「\(A\) から \(C\) へのひとまとめのルール」として見たものが合成写像です。記号では次のように書きます。
\(g \circ f\)
3.3. なぜ「2つの集合」に集約させるのか
数学が「2つの集合間の対応」という最小単位にこだわる理由は、理論の汎用性を高めるためです。
あらゆる複雑な現象を、「一つの入力集合(たとえそれが巨大な直積集合であっても)」から「一つの出力集合」への対応として捉え直すことで、関数の性質(一対一かどうか、など)を統一的なルールで分析できるようになります。
まとめ
今回の探究を通じて、日常的に使っている「関数」という概念が、集合論という強固な土台の上ではどのように築かれているのかが見えてきたかと思います。
「順序対」と「直積集合」:すべての土台
集合は中身の順番を問いませんが、関数の「入力と出力」には明確な役割の違いがあります。
- 順序対 \((a, b)\):丸カッコを使い、並び順に意味を持たせる。
- 直積集合 \(A \times B\):すべての可能なペア(順序対)を網羅した「舞台」を作る。 集合は中カッコ \(\{ \}\)、順序対は丸カッコ \(( )\) で書くというルールは、この「順序の有無」を区別するための重要な記号の使い分けです。
「写像」:関係の中から選ばれたエリート
直積集合の部分集合を「関係」と呼びますが、その中でも以下の2つの厳しい条件を満たすものだけが「写像(関数)」と呼ばれます。
- 全域性:入力側の集合 \(A\) の要素すべてに出番がある(対応漏れがない)。
- 一意性:一つの入力に対し、出力はただ一つに定まる(重複がない)。
「抽象化」:どんなに複雑でも「2つの集合間」に落とし込む
これは今回の応用的な内容でした。
- 多変数関数 \(z = f(x, y)\): 一見、集合 \(A, B, C\) の3つが登場しますが、入力側の \(A\) と \(B\) を直積集合 \(A \times B\) という一つの「パッケージ」にまとめることで、数学的には \(f: (A \times B) \to C\) という「2つの集合間の対応」として定義を統一しています。
- 合成写像 \(g \circ f\): 工程が複数あるリレー形式 \(A \stackrel{f}{\longrightarrow} B \stackrel{g}{\longrightarrow} C\) も、一つひとつのステップは2つの集合間の写像であり、それらを組み合わせることで一つの大きなルール(写像)を構築しています。
終わりに
「関数とは何か?」という問いに対し、集合論は「2つの集合の間の、ある特別なルールを満たす対応関係である」という極めてシンプルで強力な答えを用意しています。
この視点を持つことで、今後出会うあらゆる複雑な数学的対象も、整理して理解することができるはずです。


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