「量子力学」と聞くと、「難解」「特殊な才能が必要」といったイメージで、多くの人が敬遠してしまうかもしれません。
しかし、その根幹をなす理論は、驚くほど美しくシンプルな数式に支えられています。
このシリーズでは、「量子力学を理解したいのに、数学が壁になっている」という方のために、大人になると忘れてしまいやすい数学の前提知識を一から学び直すとともに、数式の美しさと論理的な思考力を再発見していくことが目的です。
※ もちろん量子力学を目指している方だけでなく、論理的な思考力を高めたい方、日常や仕事で数学的な考え方を役立てたい「大人の学び直し」仲間全員に参考になる内容にしております。
第1回である今回は、すべての代数計算の土台となる「展開(乗法公式)」に焦点を当てます。
「なぜこの計算が必要なのか?」「これが将来、量子力学の何を解くための基礎になるのか?」という視点を常に持ちながら、たった4つの基本公式を完璧にマスターすることを目指します。
量子の世界への扉を開くための第一歩を、ここから踏み出しましょう。
第1章:展開の基本公式 (乗法公式)
中学校や高校の数学で学ぶ展開の基本的な公式は、主に4つあります。
これらの公式は、「因数分解」の公式と対になっており、量子力学でも多用される「平方完成」の基礎にもなっています。
①和と差の公式 (平方の公式)
展開公式の中で頻繁に使用される基本的な公式で、二項式を二乗(平方)する際に利用します。
| 公式名 | 式 |
|---|---|
| 和の平方 | \((x + a)^2 = x^2 + 2ax + a^2\) |
| 差の平方 | \((x – a)^2 = x^2 – 2ax + a^2\) |
②和と積の公式
2つの括弧を展開する際の一般的な公式です。
| 公式名 | 式 |
|---|---|
| 和と積 | \((x + a)(x + b)\) \( = x^2 + (a + b)x + ab\) |
この公式は、特に因数分解をする際に「かけて \(ab\)、足して \(a+b\) になる2つの数 \(a, b\) を探す」という形で逆利用されます。
③和と差の積の公式
この公式は、中央の \(x\) の項(\(x\) の係数が \(1\) の項)が打ち消されて消えるため、非常にシンプルになります。
| 公式名 | 式 |
|---|---|
| 和と差の積 | \((x + a)(x – a) = x^2 – a^2\) |
この形を逆に利用する因数分解は「二乗の差」と呼ばれ、最も利用頻度が高い公式の一つです。
④高校で学ぶ公式(補足)
高校数学に進むと、さらに以下の公式が基本公式として加わります。
| 公式名 | 式 |
|---|---|
| 3項の平方 | \((a + b + c)^2\) \( = a^2 + b^2 + c^2 + 2ab + 2bc + 2ca\) |
| 3乗の公式 | \((a + b)^3 = a^3 + 3a^2b + 3ab^2 + b^3\) |
第2章:公式の重要度と優先順位
前章で紹介した展開の公式を、量子力学の学習における重要度で順位付けすると、以下のようになります。
| 優先度 | 公式名 | 量子力学との関連 |
|---|---|---|
| 最重要 | 和と差の平方 | 平方完成の基礎。エネルギーの最小値やポテンシャル井戸型の安定性を扱う際に不可欠。 |
| 高 | 和と差の積 | 計算の高速化と、後述する線形代数の考え方で応用される。 |
| 中 | 和と積 | 確率分布の単純な因数分解などで登場する可能性があるが、頻度は低い。 |
| 低(準備) | 三項の平方 | 複数の自由度を持つ系(例:3次元空間での粒子の運動)を扱う際に必要になる。 |
| 低(準備) | 三乗の公式 | 摂動論(複雑な問題を近似的に解く手法)など、より高度な理論で必要になる。 |
第3章:練習問題
公式だけを丸暗記しても、記憶が定着せず忘れやすくなったり、いざというとき役に立たない場合もありますよね。
やはり練習問題を数多くこなして、知識をしみ込ませることが重要です。
しっかり手と頭を動かしていきましょう。
練習あるのみです!
①和と差の積 (二乗の差)
この公式は、計算が最もシンプルで、中央の \(x\) の項が消えるのが特徴です。
公式: \((x + a)(x – a) = x^2 – a^2\)
問①-1:
\((x + 7)(x – 7)\)
解答を見る
\((x + 7)(x – 7) = x^2 – 49\)
問①-2:
\((3a + 2)(3a – 2)\)
解答を見る
\((3a + 2)(3a – 2) = (3a)^2 – 2^2 = \mathbf{9a^2 – 4}\)
問①-3:
\(\left(x + \frac{1}{3}\right) \left(x – \frac{1}{3}\right)\)
ヒントを見る
この式は「和と差の積」の形です。
- \(x\) に当たるのは \(\mathbf{x}\)
- \(a\) に当たるのは \(\mathbf{\frac{1}{3}}\)
公式 \((x+a)(x-a) = x^2 – a^2\) に当てはめると、次のようになります。
\(x^2 – \left(\frac{1}{3}\right)^2\)
分数を二乗するときは、分子と分母の両方を二乗しますね。
\(\left(\frac{1}{3}\right)^2 = \frac{1^2}{3^2} = \frac{\mathbf{□}}{\mathbf{□}}\) 👈この□に入る数をそれぞれ導き出しましょう
解答を見る
\(\left(x + \frac{1}{3}\right) \left(x – \frac{1}{3}\right) = x^2 – \frac{1}{9}\)
②和と差の平方 (完全平方式)
それでは、展開の中で最も重要であり、平方完成の核となる公式に進みましょう。
公式:
- 和の平方: \((x + a)^2 = x^2 + 2ax + a^2\)
- 差の平方: \((x – a)^2 = x^2 – 2ax + a^2\)
問②-1:和の平方
\((x + 5)^2\)
解答を見る
\((x + 5)^2\)
\( = x^2 + 2 \cdot x \cdot 5 + 5^2 = \mathbf{x^2 + 10x + 25}\)
問②-2:差の平方
\((y – 8)^2\)
解答を見る
\((y – 8)^2 = \mathbf{y^2 – 16y + 64}\)
問②-3:係数がついた差の平方
\((2x – 3)^2\)
ヒントを見る
使用する公式は「差の平方」です。
\((A – B)^2 = A^2 – 2AB + B^2\)
- \(A\) に当たるのは \(\mathbf{2x}\)
- \(B\) に当たるのは \(\mathbf{3}\)
公式に当てはめるとどうなるか、考えてみましょう。
解答を見る
\((2x – 3)^2 = \mathbf{4x^2 – 12x + 9}\)
③和と積の公式
次に、最も汎用性が高く、すべての展開の基本となる公式に移りましょう。
この公式は、中央の項が \(a\) と \(b\) の和、最後の項が \(a\) と \(b\) の積になるのが特徴です。
公式: \((x + a)(x + b) = x^2 + (a + b)x + ab\)
問③-1:
\((x + 3)(x + 4)\)
解答を見る
\((x + 3)(x + 4)\)
\( = x^2 + (3 + 4)x + (3 \times 4)\)
\( = \mathbf{x^2 + 7x + 12}\)
問③-2:
\((x – 5)(x + 2)\)
解答を見る
\((x – 5)(x + 2) = \mathbf{x^2 – 3x – 10}\)
問③-3:
\((x – 1)(x – 7)\)
解答を見る
\((x – 1)(x – 7) = \mathbf{{x^2 – 8x + 7}}\)
④【チャレンジ問題】平方完成
「展開」の学習を活かして、平方完成の難しい応用パターンに挑戦してみましょう。
※ この段階で解けなくても問題ありません。
目標: \(x^2\) の係数が \(1\) ではない二次関数を、グラフの頂点がわかる標準形に変形する。
問④-1:
以下の二次関数を平方完成して、頂点の座標と最大値を求めてください。
\(y = -3x^2 + 6x – 4\)
💡手順のヒント:
- \(x^2\) と \(x\) の項を\(-3\) でくくります。
- \(y = -3(\mathbf{x^2 – 2x}) – 4\)
- 括弧の中(\(\mathbf{x^2 – 2x}\))だけで、「和と差の平方の公式」の逆を使い、平方完成を行います。
- \(x^2 – 2x = (x – 1)^2 – 1\)
- この結果を元の式に戻し、くくり出した \(-3\) を分配して整理します。
- \(y = -3\{(x – 1)^2 – 1\} – 4\)
解答を見る
手順のヒントで提示した平方完成の途中の式は次の通りです。
\(y = -3\{\mathbf{(x – 1)^2 – 1}\} – 4\)
まずは外側の係数(\(-3\))を分配します。
中括弧 \(\{ \}\) の中には、2つの項 \(\mathbf{(x – 1)^2}\) と \(\mathbf{- 1}\) があります。外側にある \(\mathbf{-3}\) を、この2つの項の両方にかけます。
\(\begin{aligned} y &= (\mathbf{-3}) \times \mathbf{(x – 1)^2} + (\mathbf{-3}) \times \mathbf{(-1)} – 4 \\ y &= -3(x – 1)^2 + 3 – 4 \end{aligned}\)
\(\mathbf{-3} \times \mathbf{-1}\) で、符号がプラスの \(\mathbf{+3}\) になることに注意してください。
最後に、定数項(文字 \(x\) がついていない項)をまとめて計算します。
\(y = -3(x – 1)^2 + (\mathbf{3 – 4})\)
👇
\(y = -3(x – 1)^2 – 1\)
まとめ
今回の学び直しでは、展開(乗法公式)という代数計算の礎を徹底的に固めました。
展開は、ただ複雑な式を広げるだけの作業ではありません。
「因数分解の正体を知る鍵」であり、計算を効率化するための「たった4つの便利な道具」です。
この基本的な公式を確実に習得したことで、次の重要ステップに進む準備が整いました。
次回は、シリーズ第2回として代数操作の核心とも言える『平方完成』に焦点を絞ります。
量子力学では、粒子のエネルギー状態やポテンシャルの安定性を解析する際に、この平方完成のテクニックが不可欠になります。
今回の記事では最後の【チャレンジ問題】としてのみ扱いました「\(x^2\) に係数がついた場合の処理」や「複雑な定数項の整理」など、応用的な平方完成のスキルを徹底的に習得しましょう。


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