【集合論応用 2】「数える」を超えて:無限集合の濃度(サイズ)理論

数学の部屋

子供の頃、指を使って「1, 2, 3…」と数を数えることを覚えました。
では、その数える対象が「無限」になったとき、そのサイズをどうやって比べればよいのでしょうか。

例えば、「自然数(1, 2, 3…)」と「偶数(2, 4, 6…)」、どちらの方が多いと思いますか?
直感的には、偶数は自然数の一部なのだから、自然数の方が多いと感じるかもしれません。
その問いに対し、集合論の生みの親であるドイツの数学者 ゲオルク・カントール は、驚くべき結論を導き出しました。

本記事では、前回記事の「写像」の概念を前提に、無限集合の「濃度(サイズ)」という深淵な世界へ足を踏み入れます。

この記事では、次の内容を学べます。

  • 「数える」の正体:無限集合を比較するための「一対一対応(全単射)」の考え方。
  • 無限のパラドックス:「偶数」と「自然数」は同じサイズと言える根拠。
  • 無限の階層:自然数よりも「大きな」無限(実数)が存在することの証明(対角線論法)。

「無限」を単なる記号ではなく、厳密な「サイズ」として捉え直したとき、あなたの数学的な世界観は一変するはずです。

第1章:サイズを測る「物差し」— 全単射と濃度

私たちは普段、2つの集合の大きさを比べる時、それぞれの要素を「数えて」その個数を比較します。
しかし、無限集合が相手では「数え終わる」ことがないため、この方法は通用しません。

そこでカントールは、数を数える代わりに「ペアが作れるかどうか」を基準にしました。

1.1. 「数える」の正体は「全単射」である

例えば、ある会場に「椅子」が並んでいて、そこに「人」が座っているとします。

  • 空席がなく、立っている人もいなければ、椅子と人の数は「同じ」です。
  • このとき、一人に対して一つの椅子が、一つの椅子に対して一人の人が、漏れも重複もなく対応しています。

前回の記事で学んだキーワード「写像」を使えば、これは全単射ぜんたんしゃという写像が存在している状態です。

定義:濃度の相等

集合 \(A\) から集合 \(B\) への全単射が存在するとき、集合 \(A\) と \(B\) は「対等である(同じサイズである)」といい、これを「濃度のうどが等しい」と表現します。

1.2. 無限集合の不思議な「等しさ」

この定義を無限集合に当てはめると、私たちの直感に反する現象が起きます。
「自然数(\(1, 2, 3, \dots\))」と「偶数(\(2, 4, 6, \dots\))」のサイズを比べてみましょう。

直感的には、偶数は自然数の一部(半分)ですから、自然数の方が多いように思えます。しかし、以下のルール(写像 \(f\))を考えてみてください。

\(f(n) = 2n\)

  • 1 → 2
  • 2 → 4
  • 3 → 6
  • \(n \to 2n\)

このルールに則れば、すべての自然数に対して「漏れなく、重複なく」偶数を割り当てることができます。
つまり、自然数の集合と偶数の集合の間には「全単射」が存在するのです。

したがって、集合論の定義によれば、「自然数全体の個数と、偶数全体の個数は同じ(濃度が等しい)」ということになります。

え?納得いかない?
そうですよね。なんとなく「詭弁」のように感じてしまうのは確かです。

1.3. 「濃度」という新しい言葉

有限の集合であれば、そのサイズは「10個」「100個」といった数値(整数)で表せます。
しかし無限の場合、普通の数では表せないため、これらを「濃度(Cardinality)」という特別な概念で呼び分けます。

カントールは、自然数と同じ濃度を持つ集合を可算かさん集合)」(数え上げ可能な集合)と名付けました。

「無限にある自然数を数え上げられる」と聞くと、多くの人は「そんなの不可能だ。いつまで経っても終わらないじゃないか」と感じるでしょう。
その感覚は、日常生活においては正解です。

しかし、集合論における「数え上げ可能(可算)」とは、「最後まで数え終わる」という意味ではありません。
「漏れがないように、一列に背番号(1番、2番、3番…)を振るシステムが作れる」という意味なのです。

数え上げ可能な集合である可算集合の逆が、数え上げ不可能な集合「不可算集合」です。

「数え上げることが不可能」という言葉の意味は、第3章で扱う実数の集合(不可算集合)で明らかになります。

第2章:無限のパラドックス

無限の世界では、私たちの常識である「全体は部分よりも大きいはずだ」という法則が崩れ去ります。第1章で決めた「背番号を振るルール」(数学的には一対一対応(全単射)による番号付けと呼びます)を使って、その正体を暴いていきましょう。

2.1. 自然数 vs 偶数:半分のはずなのに同じサイズ?

自然数(1, 2, 3…)の中から、偶数(2, 4, 6…)だけを取り出してみます。
直感的には「偶数は全体の半分しかない」と感じるでしょう。
では、試しに以下のルールで背番号を配ってみてください。

  • 背番号(自然数): 1番、2番、3番、4番 …… \(n\)番
  • 配る相手(偶数): 2、 4、 6、 8 …… \(2n\)

このルールに従えば、どんなに大きな偶数であっても必ず対応する背番号が存在し、逆に余る背番号もありません。
「一列に並べて背番号を配りきれる」以上、集合論では「自然数と偶数の濃度は等しい」と結論づけます。

2.2. 有理数(分数)も「可算」

さらに難敵である「有理数(分数)」を考えます。

分数は \(\displaystyle \frac{1}{2}\) と \(\displaystyle \frac{1}{3}\) の間にも無限に数が存在し、自然数(\(1, 2, 3…\))よりも圧倒的に「ぎっしり」詰まっているように見えます。
これに順番をつけて一列に並べることなど可能なのでしょうか?

カントールは、表のような形式を使って、「ジグザグに数え上げる」という解決策を提示しました。

  1. 表を作る:行に「分子」、列に「分母」を並べた無限の表をイメージします。
  2. 優先順位を決める:以下の優先度に従って、表の左上の \(\displaystyle \frac{1}{1}\) から順に進みます。
    • 第1優先:分子と分母を「足した数(和)」が小さい順
    • 第2優先:和が同じなら、「分子」が小さい順
  3. 重複はスキップ:\(\displaystyle \frac{2}{2}\) や \(\displaystyle \frac{2}{4}\) のように、約分して既に出た数と同じになるものは飛ばして数えます。

上記のルールに沿うと、次のように進んでいきます。

  • 1回目(和が2): \(\displaystyle \frac{1}{1}\) (1番!)
  • 2回目(和が3): \(\displaystyle \frac{2}{1}\) → \(\displaystyle \frac{1}{2}\) (2番、3番!)
  • 3回目(和が4): \(\displaystyle \frac{1}{3}\) → ( \(\displaystyle \frac{2}{2}\) は1と同じなのでパス) → \(\displaystyle \frac{3}{1}\) (4番、5番!)

この「ジグザグ走行」を続けていけば、どんなに大きな分母や分子を持つ分数であっても、いつかは必ず順番が回ってきます。

「一列に並べて背番号を配りきれる」というシステムが構築できた以上、有理数も「可算集合(自然数と同じサイズ)」であることが証明されたのです。

2.3. 「無限」の第一段階

ここまで見てきたように、偶数も、負の数も、さらには分数であっても、工夫次第で「背番号を振るシステム」に乗せることができます。

これらはすべて、無限の世界の第一段階である「可算濃度」という同じサイズに分類されます。

第3章:「数えきれない無限」の発見

第2章までで、「分数のようにバラバラで複雑なものでも、ルールを決めれば背番号を振れる(一列に並べられる)」ことを見てきました。

これだけ聞くと、「どんな無限も、結局は並べ方の工夫次第で『可算』になるのではないか?」と思えてきます。
しかし、カントールは「どう頑張っても、絶対に一列に並べられない巨大な無限」を見つけてしまいます。
それが、実数(小数)の世界です。

3.1. 実数は「背番号システム」を破壊する

0から1の間にある「小数」を思い浮かべてください(0.125…、0.333…など)。
これらを、仮に「一列に並べられた」と主張する人が現れ、以下のようなリスト(背番号表)を作ったとしましょう。

  • 1番目: \(0. \color{red}{1} 5 9 2 \dots\)
  • 2番目: \(0. 3 \color{red}{5} 8 9 \dots\)
  • 3番目: \(0. 7 1 \color{red}{3} 2 \dots\)
  • 4番目: \(0. 8 4 6 \color{red}{2} \dots\)

カントールはここで、「このリストのどこにも載っていない新しい数を、確実に作り出す方法」を編み出しました。
それが対角線論法たいかくせんろんぽうです。

3.2. 対角線論法:新しい数「X」の作り方

3.1. のリストで「対角線」に並んだ数(赤字)に注目し、それらとはわざと違う数を選んで新しい数を作ります。

  • リストの1番目の数の「小数第1位」が 1 なので、それ以外(例:2)を \(X\) の第1位にする。
  • リストの2番目の数の「小数第2位」が 5 なので、それ以外(例:6)を \(X\) の第2位にする。
  • リストの3番目の数の「小数第3位」が 3 なので、それ以外(例:4)を \(X\) の第3位にする。

こうして出来上がった新しい数 \(X = 0.264…\) は、リストの1番目とは1桁目が異なり、2番目とは2桁目が異なり……と、リストにあるどの数とも、少なくとも1箇所は必ず異なっています。

つまり、どんなに完璧な「背番号リスト」を作ったつもりでも、そこから漏れている数が必ず存在することになります。

3.3. 不可算無限:無限の中の階層

「背番号が配りきれない」ということは、実数の集合は、自然数よりも巨大であることを意味します。

カントールは、この「背番号が振れないほど巨大な無限」を不可算ふかさん集合と呼びました。

  • 可算無限(自然数、偶数、有理数):終わりはないが、一列に並べることはできる。
  • 不可算無限(実数):あまりにも「ギッシリ」詰まっていて、一列に並べることすら拒絶する。

ここに、人類は初めて「無限の中にも、大きさに違い(階層)がある」という事実を突きつけられたのです。

まとめ:無限の「量」から「質」へ

ゲオルク・カントールの証明は、当時の数学界にとって衝撃的な事実でした。
「無限」という言葉で一括りにしていた世界に、実は越えられない巨大な壁(階層)があることを示してしまったからです。

無限のラダー(はしご)

カントールはさらに、実数よりも大きな無限、そのさらに大きな無限……と、無限の階層には終わりがないことも証明しました。
これを「カントールの定理」と呼びます。

  • 第1階層(可算):自然数、偶数、有理数など。背番号が振れる「並ぶ無限」。
  • 第2階層(不可算):実数、平面上の点、空間の点など。背番号を拒絶する「詰まった無限」。
  • 第3階層以上:さらに巨大で、人間がイメージすることすら困難な抽象的な無限。

「集合論」から「位相空間」への架け橋

今さらですが、私たちはなぜ、なんのために「集合」や「写像」、そしてこの「無限のサイズ(濃度)」を学んできたのでしょうか。

その答えのひとつは、現代数学のもう一つの主役である「位相空間(トポロジー)」を理解するためです。

  • 集合論は、要素が「いくつあるか」という「量(サイズ)」を教えてくれました。
  • 位相空間は、その要素たちが「どのように繋がっているか」という「質(構造)」を扱います。

例えば、実数の集合が「不可算(数えきれない)」ほどギッシリ詰まっているからこそ、私たちはそこに「線」という「連続した繋がり」を感じることができます。
もし実数がスカスカな可算集合だったら、現代の微分積分学も、図形の連続的な変形を扱うトポロジーも成立しなかったでしょう。

次回の予告

次回は、この連載の最終目的地である「位相空間論」の本編に入ります。

これまで学んだ「写像」や「濃度」という知識を手に、「コーヒーカップとドーナツが同じ形である」とはどういうことなのか、その数学的な美しさを解き明かしていきましょう。

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