これまでの入門編から応用編を通じ、「集合」と「写像」、そして無限のサイズを測る「濃度」について学んできました。
そこでの関心は、主に集合に含まれる個々の要素をどう対応させ、その「個数」をどう測るかという点にありました。
しかし、数学にはもう一つの大きな視点があります。
それは、要素そのものの個数だけではなく、要素たちが互いにどのような位置関係にあり、どのように繋がっているかという「構造」に注目する視点です。
ただのバラバラな砂粒のような集合に、隣り合わせのルールを付け加えることで、「かたち」を持った空間へと進化させる。
集合論がどのようにして現代的な「空間」の概念を生み出していくのか。その橋渡しとなる「位相空間論」の入り口を覗いてみましょう。
第1章:定規を捨てて「近さ」を測る
ただの集合を「空間」として扱うためには、要素同士の「近さ」や「つながり」を定義する必要があります。
トポロジー(位相幾何学)の世界では、定規で測る距離の代わりに、「境界線をどう扱うか」というルールを使ってこれを実現しました。
このルールには、対照的な2つの視点、「開集合」と「閉集合」があります。
1.1. 開集合:境界に決して触れない世界
数直線上の \(1\) から \(3\) までの範囲を例に考えます。
両端の境界である \(1\) と \(3\) をどちらも含まない範囲を、数学では開集合(開区間)と呼びます。
- 数式による定義:\(U = \{ x \in \mathbb{R} \mid 1 < x < 3 \}\)
- 直感的な特徴:\(x\) が境界となる数より大きく、かつ小さい(未満)という、不等号にイコールを含まないルールで集められた世界です。
トポロジー的な意味で言えば、この中のどの数を選んでも、境界(\(1\) や \(3\))との間には、必ず「まだ別の数(仲間)」が存在するわずかな隙間があります。
具体的には、\(2.9\) を選んでも、\(2.99, 2.999, 2.9999, \dots\) と僅かに 3 には届かない数値が続くことになるという意味です。
この「全方位に仲間がいる(余裕がある)」という性質が、トポロジーにおける「近さ」の根拠となります。
1.2. 閉集合:境界を自分の身内にした世界
一方、境界である \(1\) と \(3\) をぴたりと含む範囲が閉集合(閉区間)です。
- 数式による定義:\(F = \{ x \in \mathbb{R} \mid 1 \le x \le 3 \}\)
- 直感的な特徴:境界となる数「以上」、かつ「以下」という、不等号にイコールを含むルールで集められた世界です。
トポロジー的な意味で言えば、ここでは境界である \(1\) や \(3\) という地点そのものに到達し、停止することができます。
一歩でも外へ出るとそこは別の集合、という明確な「壁」を自分の一部として持っている状態です。
1.3. 位相(Topology)とは「開集合のリスト」である
ただの集合 \(X\) に「空間としての構造」を与えるには、どの部分集合を開集合と認めるかという選定の基準が必要です。
数学では、集合 \(X\) の部分集合の中からいくつかを選んで作ったリスト \(\mathcal{O}\) が以下の3つの条件(位相の3公理)を満たすとき、これを位相(開集合系)と呼びます。
- 全体と空:\(X\) 自身と空集合 \(\emptyset\) は、常に開集合のリストに入っている。
- 和集合:リストにある開集合を、いくつ(無限個でも)合わせても、再びリスト内の開集合になる。
- 共通部分:リストにある開集合を、2つ(有限個)重ねた重なりの部分も、再びリスト内の開集合になる。
このリスト \(\mathcal{O}\) が備わって初めて、集合 \(X\) は「どの要素とどの要素が隣り合っているか」という情報を持った「位相空間 \((X, \mathcal{O})\)」になります。
\mathcal{O})\ は、アルファベットの大文字 \(O\)(オー)の筆記体や花文字(カリグラフ)と呼ばれる書体です。
数学では「集合の集まり(集合族)」を表す際によく使われます。
なぜ普通の \(O\) ではなくこの書体を使うかというと、「レベルの違い」を視覚的に分かりやすくするためです。
- \(x\)(小文字):集合の要素(点)
- \(X\)(大文字):要素が集まった集合
- \(\mathcal{O}\)(花文字):集合の集合(開集合のリスト)
このように、文字のスタイルを変えることで、「これはただの集合ではなく、集合を詰め込んだリストなんだな」と直感的に判別できるようにしています。
第2章:位相構造の保存 ── 連続写像
「集合論応用 1」の記事で扱った「写像」という概念に、位相空間の構造を組み合わせます。
位相空間における写像の役割は、単なる要素の対応付けではありません。
「開集合(境界を含まないという構造)」を保存したまま要素を移動させることにあります。
2.1. 「連続」をどう定義するか
トポロジーにおいて、写像が「連続である」とは、空間に「断絶」を生じさせないことを意味します。
第1章で学んだ通り、位相空間の構造は「開集合(境界を含まない範囲)」によって決まっています。
したがって、連続な写像とは、この開集合という構造を壊さない写像のことです。
では、それは「送り元の開集合が、送り先でも開集合になること」なのでしょうか。
実は、数学における連続の定義は、その逆、つまり「送り先から送り元へ」という方向で定義されます。
逆像(Pre-image)の導入
「送り先の結果から、送り元の要素の集合を特定する」ために必要な道具が、逆像です。
写像 \(f: X \to Y\) があるとき、送り先 \(Y\) の部分集合 \(V\) に対して、「\(f\) によって \(V\) の中に写されるような、送り元 \(X\) の要素全体の集合」 を \(V\) の逆像と呼び、記号で \(f^{-1}(V)\) と書きます。
定義:
\(f^{-1}(V) = \{ x \in X \mid f(x) \in V \}\)
この「逆算」が、空間に断絶(不連続)がないかをチェックするための最も鋭いセンサーとなります。
2.3. 連続写像の数学的定義
「送り元の近所が、送り先でも近所になる」と考える方が自然に思えるかもしれませんが、数学ではあえて送り先から逆向きにチェックします。
その理由は、空間を「ちぎる」という行為を想像するとわかります。
- ちぎる前:送り元 \(X\) では繋がっていた。
- ちぎった後:送り先 \(Y\) では、かつての仲間が離れ離れになっている。
ここで、送り先 \(Y\) で「ちぎれた片方の地点」を包む開集合(境界を含まないエリア)を考えます。
これを逆向き(逆像)に辿って送り元 \(X\) に戻すと、元々は繋がっていたはずの場所がプツンと切れた形で現れます。
切れた場所には新しい「端っこ(境界)」が生まれてしまいます。
第1章の定義を思い出してください。開集合は「境界を含まない」ものでした。
逆像によって新しい境界が生まれてしまう(=開集合ではなくなる)なら、その写像は「どこかで空間をちぎった(不連続である)」と判定できるのです。
2.3. 数による連続のチェック
集合 \(X\) から集合 \(Y\) への写像 \(f: X \to Y\) が連続であるとは、逆像の概念を用いて、以下のように定義されます。
連続写像の定義
写像 \(f: X \to Y\) が連続であるとは、 「送り先 \(Y\) のどんな開集合 \(V\) に対しても、その逆像 \(f^{-1}(V)\) が送り元 \(X\) において開集合である」こと。
2.4. 「逆」でなければならない理由
なぜ「送り元→送り先」のチェックでは不十分なのか、具体的な数値で比較してみましょう。
- 連続な場合: \(f(x) = 2x\)
- 送り先 \(Y\) で開集合 \(V = (2, 6)\) (\(2 < y < 6\))を選び、逆像を求めます。
\(y = 2x\) を代入すると \(2 < 2x < 6\) となり、送り元 \(X\) での逆像は \(1 < x < 3\) です。
これは境界を含まない「開集合」であり、位相のルールが守られているため連続です。
- 送り先 \(Y\) で開集合 \(V = (2, 6)\) (\(2 < y < 6\))を選び、逆像を求めます。
- 不連続な場合: 境界の発生
- \(x \le 1$ で $f(x)=x\)、 \(x > 1\) で \(f(x)=x+1\) となる、断絶のある写像を考えます。
送り先 \(Y\) で開集合 \(V = (0.5, 1.5)\) を選び、逆像を求めます。
すると、送り元 \(X\) での逆像は \(0.5 < x \le 1\) となります。
送り先にはなかった \(x=1\) という「境界(イコール)」が、逆算の結果、送り元で突然現れてしまいました。
- \(x \le 1$ で $f(x)=x\)、 \(x > 1\) で \(f(x)=x+1\) となる、断絶のある写像を考えます。
このように、送り先で「境界なし」であったものが、逆像によって送り元で「境界あり」に変わってしまう現象。これこそが空間の構造が壊れた(不連続である)証拠なのです。
第3章:同相(Homeomorphism) ── 空間を分類する基準
第1章では「空間の構造(開集合)」を定義し、第2章では「その構造を壊さない対応(連続写像)」を定義しました。
これら「開集合」と「連続写像」という2つの道具を組み合わせることで、ようやくトポロジーにおける「図形の同一性」を定義できるようになります。
この「図形の同一性(=位相的に同じ構造であること)」を、数学では同相と呼びます。
3.1. 同相写像の定義
2つの位相空間 \(X\) と \(Y\) が「位相的に同じ性質を持つ」とみなされるためには、単に要素が 1 対 1 で対応している(全単射である)だけでは不十分です。
その対応が、双方向に位相構造を保存している必要があります。
同相写像の定義
写像 \(f: X \to Y\) が以下の 3 条件をすべて満たすとき、これを同相写像と呼ぶ。
- \(f\) が全単射である。
- \(f\) が連続である(送り先 \(Y\) の任意の開集合の逆像が、送り元 \(X\) で開集合である)。
- 逆写像 \(f^{-1}\) も連続である(送り元 \(X\) の任意の開集合の逆像が、送り先 \(Y\) で開集合である)。
この 3 条件を満たす写像が存在するとき、空間 \(X\) と \(Y\) は同相(Homeomorphic)であると言います。ト
ポロジーはこの「同相」という基準によって、世界中の図形を分類していく学問なのです。
3.2. 逆写像の連続性が要求される理由
「全単射かつ連続」という条件だけでは、双方向の位相構造が一致しているとは限りません。
一方向には連続であっても、その逆方向の対応において位相構造(開集合の性質)が破壊されるケースが存在するためです。
典型的な例として、「半開区間 \([0, 1)\)」から「円周 \(S^1\)」への写像を考えます。
「半開区間」とは、一方の端点は含み、もう一方の端点は含まないような実数の区間のことです。
- 写像の構成: 線分の左端 \(0\) を含み、右端 \(1\) を含まない半開区間を丸めて、円周の隙間を埋めるように繋ぐ写像を考えます。これは全単射であり、かつ連続な写像として定義できます。
- 逆写像の不連続性: しかし、その逆写像(円周上の点を元の線分上の点に戻す操作)は連続ではありません。
- 円周上において、繋ぎ目となった点の付近で「境界(等号)を含まない範囲(開集合)」を選びます。
- これを逆写像で線分へと戻すと、線分の端点(\(0\))という「境界」を含む集合になってしまいます。
- つまり、逆写像の視点では「送り先の開集合の逆像が、送り元で開集合にならない」という事態が起こります。
このように、一方の空間を「閉じる」ような操作は、一方向の連続性は保てても、逆方向から見たときに「開集合の中に境界を生み出してしまう」ため、同相とはみなされません。
「逆写像も連続である」という条件があって初めて、2つの空間の開集合系が 1 対 1 に対応し、位相的に同一であることが保証されます。
3.3. 同相の判定:数直線と拡大された数直線
第2章で扱った \(f(x) = 2x\) は、全実数の集合 \(\mathbb{R}\) から \(\mathbb{R}\) への同相写像です。
- 全単射: 任意の \(y \in Y\) に対して \(\displaystyle x = \frac{y}{2}\) が唯一存在し、要素が 1 対 1 に対応しています。
- 連続性: 第2章で確認した通り、送り先の任意の開集合に対し、その逆像もまた開集合となります。
- 逆写像の連続性: 逆写像 \(\displaystyle f^{-1}(y) = \frac{y}{2}\) も同様に、送り元の任意の開集合を送り先の開集合へ写します。
この結果、トポロジーにおいて実数直線 \(\mathbb{R}\) とそれを 2 倍に拡大した空間は、「位相的に同型(同じ構造を持つ)」と判定されます。
まとめ ── 集合から位相空間へ
「集合論応用」の全3回を通じた本連載も、これで完結です。
第2回のテーマであった「全単射」と、今回の「連続」という概念が結びつくことで、ようやくトポロジーの入り口である「同相」に辿り着きました。
「集合論入門」からの全6記事の流れを振り返ると、数学がどのように「空間」を定義していくのか、その一貫した論理が見えてきます。
- 集合の基礎(入門 1〜3) まずはバラバラの「要素」をどう扱うかという基礎を固めました。
- 写像と全単射(応用 1〜2) 集合同士の要素を 1 対 1 で過不足なく対応させる(全単射)方法を学びました。
- 開集合(応用 3:第1章) 点と点の間に「境界がない(等号を含まない)」というルールを与えることで、集合に「空間としての繋がり方(位相構造)」を持たせました。
- 逆像と連続(応用 3:第2章) 「送り先の開集合を、逆像によって送り元へ戻しても開集合のままである」という判定法により、構造を壊さない移動(連続写像)を定義しました。
- 同相(応用 3:第3章) 双方向に連続な全単射によって、2つの空間が「位相的に同一である」と判定する基準を確立しました。
私たちが日常的に意識する「長さ」や「角度」は、実は空間の非常に限定的な性質に過ぎません。
それらをすべて取り払った後に残る、「境界の有無」や「繋がり方の構造」。
その本質を抽出するために、数学者は「開集合」と「逆像」という道具を研ぎ澄ませてきたのです。
「コーヒーカップとドーナツが同じ形である」と語るトポロジーの視点。
その背景には、今回学んだ「逆像による連続性の検証」という厳密な数学的裏付けが存在しています。


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