1960年のBlue Note ―― Going Lee-Way

ジャズ

無性にトランペットの音が聴きたくなった。少し尖っていながらも、どこか優雅なやつだ。

自然と手が伸びたのは、リー・モーガンの『Lee-Way』。
1960年のブルーノート・スタジオで録音されたこの音盤には、若き天才の自信と、カルヴィン・マッセイが描く少しばかり屈折した知性とが同居している。

再生すると部屋の空気は一変し、心地よい緊張感に包まれた ――。

1曲目:These Are Soulful Days

アルバムの幕開けとして完璧な「これぞハード・バップ」という名演。

この曲を聴くと、カル・マッセイという作曲家の「渋さ」と、それを料理するリー・モーガンの「若き天才」の対比が強く感じられる。

この演奏の特にたまらないポイントは2つ。

  • 「タメ」の効いたテーマ:
    • 少しマイナー調で、引きずるような、それでいてどこか都会的なメロディ。
      その「少し重たい空気」をリー・モーガンのトランペットが切り裂くようにパーンと鳴り響く瞬間、一気に世界観に引き込まれる。
  • 「ファンキー」と「モダン」の境界線:
    • ピアノがボビー・ティモンズなだけに、もっと「コテコテ」なファンキー路線に寄るかと思いきや、楽曲自体にどこか知的な、少しひねったコード感(カル・マッセイらしさ)がある。
      「泥臭さと洗練」の絶妙なバランスがこの1曲に凝縮されている気がする。

2曲目:The Lion and the Wolff

ブルーノートの創始者たち、アルフレッド・ライオン(Alfred Lion)とフランシス・ウルフ(Francis Wolff)それぞれの名前からついたタイトルだ。

これもカル・マッセイの曲で9分を超える長尺だが、全く長さを感じさせない。
モーガンとマクリーンのフロント二人がアグレッシブな勢いで吹きまくり、瑞々しいフレーズが次から次へと溢れ出してくるが故だろう。

TULLYSのBarista’s Black キリマンジャロを一口飲む。
いつも以上に旨く感じるのも、この曲の為せる業なのか。

3曲目:Midtown Blues

ここでマクリーン作曲のMidtown Bluesが挟まる。
マッセイのどこか内省的で構築された美学とは異なり、マクリーンの曲にはもっとダイレクトな、夜の街の喧騒や「ひりついた空気感」、あるいは良い意味での「とげ」を感じる。

重厚なユニゾンから始まり、モーガンの「夜が匂うタメの効いたプレイ」が耳に心地よく響く。
マクリーンの方は鋭く尖った音色で、互いの個性を際立たせ合いながらブルースを紡ぎ出していく。

4曲目:Nakatini Suite

ラストはカル・マッセイの作曲に戻る。

タイトル通りSuite(組曲)のような重厚な構成だが、特筆すべきはフロント二人のソロの応酬だ。
複雑なコード進行の上を、重力の存在を否定するかのように駆け上がっていくリー・モーガンのトランペット。
それに応えて、ジャッキー・マクリーンが叫びのような音色で空気を震わせる。

背後では、アート・ブレイキーのドラムが激しく煽り立て、知的な楽曲を野性的なエネルギーでさらに盛り上げていく。

マッセイの曲はどこか気高くて複雑なものが多いが、それをこのメンバーがねじ伏せるように演奏する様は圧巻の一言に尽きる。

最後に

英語に「leeway」という単語があり、自由な裁量、あるいは余裕という意味だ。
アルバムタイトルの『Lee-Way』は、その単語を2分することで、「リーの道」という意味も持たせている。

カルヴィン・マッセイが用意した緻密な迷路のような楽曲たちを、弱冠22歳のリー・モーガンが自らの流儀(The Lee Way)で悠々と、そして自由に吹き抜けていく。

聴き終えた後に残ったのは、心地よい脱力感と、『我が道を行く』若き天才の姿だった。

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